江戸連講

3月講「赤坂周辺の歴史と花見散策」

開催日:3月26日(土)
集合場所:日比谷線「神谷町」2番出口
集合時間:午後2時
コース:
神谷町駅~西久保八幡宮~雁木坂~三年サカ~我善坊谷~御組坂~アークヒルズ(休憩・花見)~南部坂~氷川神社~勝海舟屋敷跡~報土寺・三分坂~赤坂サカス
懇親会場:
「北の味紀行と地酒 北海道赤坂見附店」
港区赤坂3-10-4 赤坂月世界ビル3F
℡ 050-5798-8716
会費:一人3,300円(呑み放題無料)17時まで入店の事
懇親会当日ドタキャンはキャンセル料を徴収します。

報告

3月26日(土)に開催された講「赤坂周辺の歴史と花見散策」には41人の連衆が参加しました。この日も天気は“江戸連日和”の快晴でしたが、寒の戻りで寒く、期待していた桜は六本木スペイン坂辺りを除いては一分咲きで、満開の桜を期待していた連衆からは「来週あたりが見頃だね」「せっかくカメラを持ってきたのに…」と残念がる声が出ていました。

期待した桜は一分咲き
当日の散策コースは、日比谷線神谷町駅→西久保八幡宮→雁木坂→三年坂→我善坊谷→御組坂→泉通り→スペイン坂→六本木アークヒルズ→南部坂→氷川神社→本氷川坂→勝海舟屋敷跡→報土寺→三分坂→TBS赤坂サカスまでの4.5㎞。この辺りは都内でも屈指の坂多発地帯で、しかも高低差の激しい急坂ばかりとあって、この日はある意味で坂との闘いの日でもありました。
坂歩き アークヒルズで一休みする連衆
見所解説は江戸と坂に精通している松本崇男さんと圓山稔さんのお二人が担当。その主なポイントをまとめると下記の通りです。
説明役・松本氏 説明役・圓山氏
「西久保八幡宮」=寛弘年中(1004~12)に源頼信が霞ケ関あたりに創建したものを、太田道灌がこの地に遷したと伝えられている。二代将軍秀忠室・お江が1600年の関ヶ原の戦いの折、戦勝を祈願したことでも知られている。
「三年坂」=港区麻布台1丁目にある坂。この坂で転ぶと3年のうちに死ぬとの迷信があったことに由来する。
「南部坂」=アメリカ大使館宿舎(信濃松代藩十万石の中屋敷跡)の北側の坂。坂名は、この近くに南部家(陸奥盛岡藩二十万石)があったことに由来する。急峻な坂のため「難歩坂なんぽ坂」とも書いたとか。この南部坂は播州赤穂の上代家老・大石内蔵助が雪の中を南部坂上にある浅野家(備後三次藩五万石)に身を寄せる瑞泉院(浅野内匠頭奥方)を訪ねた際、歩いた坂としても有名。また南部坂は都内に二つあるという。もう一つは港区南麻布にある有栖川宮記念公園近くの坂。浅野家と南部家の屋敷が相対替となり、南麻布に移った南部家の近くにも坂があるためそう呼ばれている。
「報土寺」=雷電為衛門(江戸時代の大力士)や井部香山(江戸時代の儒学者)の墓があることで有名。とくに雷電は寛政8(1796)年に30歳で大関に昇進し、引退する文化8(1811)年の春場所までの16年間で32場所大関を務め、その成績が254勝10敗1引き分け2預かり5無勝負で勝率が何と96.2%を記録する無類の強さだった。このためあまりの強さで横綱に推挙されなかったという。またこの寺の塀は慶長19(1614)年の創建当時の築地塀で、その姿の美しさから訪れた人々を魅了している。
雷電の墓
「三分坂」=これを「さんぶざか」と呼んではいけない。「さんぷんざか」が正しい。急坂であるため荷揚げする際、車夫に払う料金に銀三分(さんぷん100円余り)増したのでそう呼ばれるようになった。「さんぶ」では1両の4分の3となり、現在の貨幣価値に直すと7万5,000円追加払いすることになってしまう。
三分坂
一行は約2時間半ぶらり散策を満喫、歩数は約1万2,000歩でした。二次会は「北の味紀行と地酒 北海道赤坂見附店」で開催、27人が参加しました。皆様お疲れ様でした(平)。