江戸連講

12月講「江戸の芸能を楽しむ」

日 時:12月10日(土)午後2時~4時
場 所:堀切菖蒲園「静観亭」およびオンライン(Zoom)配信
演 目:・江戸の大道芸 光田憲雄氏&神田鶴和女史、他。大道芸伝承家
    ・落語     花伝亭長太楼師匠 江戸連会員
会 費:会場参加 会員1,000円 非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円 非会員1,000円
(会費は、来年3月末にまとめてお支払いください)

11月講「紅葉の小石川植物園散策」

日 時:11月19日(土)午後1時半
集合場所:小石川植物園正門
(小石川植物園の場所がわからない方は、午後1時10分に丸ノ内線「茗荷谷駅」改札口→圓山さんが案内)
ガイド役:長田敏行氏(元小石川植物園長・元東大理学部教授、江戸連会員の宮川氏友人)
参加費:会員1,000円、非会員1,500円(小石川植物園入園料込み)

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11月講は、長田敏行講師の晩秋の小石川植物園を散策するで、参加者は現地38名でした。講師は元小石川植物園園長(17代、19代の二度)・東大理学部名誉教授、法政大学名誉教授、会員の宮川さんの友人で植物園の歴史や植物の一つ一つに至るまで何でも知り尽くしている方でした。小石川植物園は徳川綱吉将軍就任前の白山御殿敷地(面積5万坪)であり、現在地は最大時であった吉宗時代の面積をほぼ反映している(48,880坪)。
江戸時代の御薬園変遷の中で南北(和気流・丹波流)の御薬園の栽培植物が小石川に移された。江戸期、小日向には切支丹屋敷が設けられていたり、江戸以前では貝塚が発見されたり古墳があったりで、昔から人々が住んでいた所であった。
植物園内には貴重な植物が多く、歴史的なメンデルのブドウ、リンゴ(ニュートンの庭に生育)があった。特にイチョウは平瀬作五郎が精子を発見した大イチョウも見学。イチョウは中生代には世界中に広まっていたが(日本にも500万年前には生育)、気候変動で恐竜の絶滅時に全滅に近かったが中国南西部のみに残った。日本にはこれが平安時代に入って来た。現在のイチョウは自然に増えたのではなく人の力で増えた。などの歴史的説明を楽しく聞きました。今回、野外講習でのZoom中継のテストを実施、問題点の確認まで行いました。久しぶりの江戸歩き、多数の参加者で園内は拡声器使用不可とのこともあり、なかなか講師の声も届かない所もありました。Zoomの現地使用も検討課題と思いました。

以上     文責:小嶋 光



10月講「佐賀鍋島の伝統文化」

日 時:10月29日(土)午後2時~4時
場 所:東京ウイメンズプラザ第2会議室&オンライン(Zoom)配信
講 師:荻原延元氏(江戸連会員) 日本画家。川村学園女子大学名誉教授
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

10月講は、荻原延元講師の佐賀・鍋島の伝統文化で、参加者は現地17名、Zoom 21名でした。
まず、武蔵野美術大学日本画学科の後輩である鈴田滋人氏との出会いとその後についての興味深い話から始まりました。鈴田滋人氏は日本画家の道を志すも父が鍋島更紗研究から考案した、独自の木版摺更紗技法を継承して染織の道に進み、2008年に若干54歳で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された方です。この方との関わり合いから講師は佐賀・鍋島の磁器、鍋島更紗にのめり込んで行かれました。
鍋島家による日本初の磁器生産、伊万里焼とヨーロッパの磁器との関わり、御用窯による鍋島様式の確立などスライドに合わせて歴史、制作工程が良く分かる説明でした。鍋島更紗については父上鈴田照次氏の業績と鈴田滋人氏の現在の工房での作成方法の説明などをしていただきました。また、講演後貴重な更紗の帯、袱紗などの現物をお持ちいただき現地参加の会員には眼福のひと時でありました。

以上     文責:小嶋 光



9月講「感染症の歴史と江戸時代の施策」

日 時:9月11日(日)午後2時~4時
場 所:東京ウイメンズプラザ第1会議室B室&オンライン(Zoom)配信
講 師:宮原一敏氏(江戸連会員)
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

9月講は、宮原一敏講師の「感染症の歴史と江戸時代の施策」で、参加者は現地17名、Zoom 23名でした。
感染症の定義から感染症の分類、歴史。感染症の歴史は人類の歴史、人類の移動とピロリ菌の拡散は同じ経路と見られるがピロリ菌のほうが先に存在していたのではないかとの説明。縄文人と弥生人のDNAの違いからY染色体ハプロタイプ解析の話。江戸時代の感染症、御役三病(疱瘡、はしか、水疱瘡)三日コロリと江戸幕府の対応についての説明。新型コロナウイルスと今後についてでは、今迄の感染症の歴史から「微生物と共生出来る生物だけが、自然に選ばれ進化できたのかも知れない」「新しい生活様式」の中で生きてゆくのだとの私見。講師の日本人のルーツに関する思いの強さを感じる講演でした。 また、通常の質疑応答とは趣が異なり、会員である水越さんよりの専門家としての講演資料の補完、補正の提言時間も今回の講演と共に有意義でした。

以上     文責:小嶋 光



8月講「西宝珠花河岸の釜屋商人」

日 時:8月6日(土)午後2時~4時
場 所:東京ウイメンズプラザ第1会議室B室&オンライン(Zoom)配信
講 師:井上晃氏(江戸連会員) 山口県岩国在住
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

8月講は、会員の井上晃講師の「西宝珠花河岸(にしほうしゅはなかし)の釜屋商人」で、参加者は現地18名、Zoom 22名でした。
井上氏のご先祖様は、釜屋商人の釜屋中島久七(釜久商店)であるとのこと。近江辻鋳物師が起源である近江日野商人の一派、釜屋商人たちは埼玉県の西宝珠花河岸に多く住んでいた。西宝珠花河岸は、江戸への舟運の輸送拠点である江戸川・利根川水系に位置し、行きは江戸へ年貢米や地方の特産物を送り、帰りは江戸からの品物を地方へ輸送する集散地となることで発展した。江戸連で訪れたことのある千葉県の関宿(せきやど)や木下(きおろし)も江戸川・利根川水系に位置する河岸である。釜屋商人は鋳物業から始まり、廻船業で発展し、利根川水系の産物を活かした醤油や酢などの醸造業をはじめ様々な業種で活躍し、現在も釜屋の屋号を持つ企業が各地にある。松尾芭蕉が釜屋商人と深い縁があり、近江が芭蕉の第二の故郷で、墓が近江にあることをはじめて知った。また、小名木川周辺に釜屋の遺物があることを知り、あらためて巡ってみたいと思った。

以上     文責:山本 秀美



報告

7月講は、荒井孝昌講師の「歴史を裏から見る<1.江島生島事件 2.徳川慶喜の幕末>」で、参加者は現地14名、Zoom 23名でした。
江島生島事件が何故起きたのかを裏から見ると絶大な権力が大奥にあり、生類憐みの令に対する閉塞感が歴史的背景にあった。門限に遅れたことによる処分は一旦出ていた。政治的背景(大奥への反発、側用人への不満、月光院と天英院との対立、次期将軍問題)により処罰が重くなり江島は被害者だったのではないかとの内容であった。
徳川慶喜は15代続く将軍の中でも優秀な人物であったため先々の事が良く見え、周りの人が彼を理解できなかった。そのため言う事がクルクル変わる「二心殿」と呼ばれた。幕末は何時からかと言えばペリー来航(嘉永6年)からと考えられる。万延元年の咸臨丸がアメリカに行った事が幕府最後の華やかな行事であり、桜田門外の変により幕府の中心となる人物がいなくなった。そこから慶喜の幕末が始まった。
徳川綱吉の生類憐みの令と共に綱吉の評価が現在の教科書等によれば、私が学んだ事や認識と異なっている事に歴史認識の難しさを感じました。講師の詳細な説明は分かり易く歴史を裏から見るのは面白いと思った講演でした。

以上     文責:小嶋 光



報告

6月講は、河内聡子講師の「「病」の想像力-江戸時代の医書をめぐる文化史」で、参加者は現地15名、Zoom 18名でした。東北大学附属図書館(狩野文庫)の蔵書である『奇疾便覧(きしつべんらん)』(五巻)の解読・分析・研究を通して、江戸時代の人々が“病”についてどのようなイメージを持っていたか、大変興味深いお話を伺うことができた。『奇疾便覧』とは、摂津(大阪)の医者である下津寿泉(しもつじゅせん)が、132点もの中国の文献(漢籍)から「奇疾」の例172種を摘録・編集し、「国字」に書き改めてその症例と処方を説いた書物である。「怪」の症状(身体の不調や病)を語らないことは、医業に携わる者としては、その道の欠陥に当たるという考えに基づき、医学のために役立ててほしいという願いを込めて編纂され、実際に「医書」として受容され、使用されたとのこと。後には『怪妖故事談』と改題して再版され、一種の「読物」として楽しく読まれたことに驚いた。江戸時代の人々が病を恐れるだけではなく、ときにはユーモアもまじえて病に立ち向かっていたことをあらためて知るよい機会となった。

以上     文責:山本 秀美



5月講「じゃがたらお春の研究」ー17世紀ジャガタラ移住日本人女性のグローバルな世界での活動についてー

日 時:5月28日(土)午後2時~4時
場 所:高井戸区民センター第1・2集会室&オンライン(Zoom)配信
講 師:白石広子氏(江戸連会員) 歴史学博士PhD(青山学院)
    主な著書:「じゃがたらお春の消息」「長崎出島の遊女」「バタビアの貴婦人」他、論文多数
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

5月講は、会員の白石広子講師の「じゃがたらお春の研究」で、現地とオンラインの開催でした。長年に渡る研究成果の一部を発表いただく機会ともなり、74名と非常に多くの方が参加されました。「じゃがたらお春」という言葉を聞いたことはありましたが、今回初めて詳しく学び、イメージが覆されました。実の父親はイタリア人だったが、母親がイギリス人と奉行所に届け出たために、キリスト教禁教のあおりで、バタヴィア(現在のインドネシアのジャカルタ)に追放になったこと。日本への贈り物と一緒に送られた「ジャガタラ文」と呼ばれる手紙が発見されていること。江戸時代初期に貿易拠点として栄えた街で、国籍や国益に縛られず、遺言書で残すほどの財産を築いたこと。お春をはじめとする日本人女性移住者達は、日本から見知らぬ土地に追放された悲劇の人々ではなく、世界に開かれた土地に順応し、グローバルな社会で活動・活躍したバイタリティに富んだ人達だったということをあらためて知ることができました。個人的には、ジャガタラ文と一緒に日本に送られた布製品(更紗や毛織物)に興味があり、またの機会にお話を伺えればと思いました。

以上     文責:山本 秀美



総会および4月講「北前船と遊里-北国の遊里を中心に」

日 時:4月23日(土)
    14:00~14:45 総会
    15:00~17:00 4月講「北前船と遊里-北国の遊里を中心に」
場 所:東京ウイメンズプラザ&オンライン(Zoom)配信
総会議題:2021年度活動報告および決算、2022年度活動計画および予算、その他
4月講講師:渡辺憲司氏 立教大学名誉教授 2018年江戸連4月講・講師
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

4月講は、渡辺憲司講師の「北前船と遊里-北国の遊里を中心に」で、北前船航路の北陸地方および東北地方の日本海側のいくつかの遊里について、江戸の吉原との違いや特徴を伺いました。現地参加者20名、Zoom参加者25名と、多くの方に参加していただきました。2018年4月の「江戸遊里の記憶~遊里の光と影」から4年ぶり2回目のご登壇でした。最初に北海道の民謡「江差追分」を聴き、江差の遊女のことが歌われていることをはじめて知りました。個人的に江差は何度か訪れていて、「江差追分」も耳にしたことはありましたが、ニシン漁で栄えたところという認識しかありませんでした。江差や青森の鰺ヶ沢、山形の酒田、福井の三国など、北前船の寄港地として栄えた町には沢山の人やお金が集まり、地方の食や文化が運ばれ、商人や職人を中心とした自由な気風があふれていました。そこに形成された遊里も、吉原とは違う自治・自由の精神を持ち、地方の文化が引き継がれて独自の発展を遂げました。先生のお話は2時間では収まらない内容で、現在まとめているという「岡場所雑記」についても是非伺いたいと思いました。

以上     文責:山本 秀美



3月講「江戸連・NPO法人登録20周年記念」

①任意団体当時の江戸連の活動とNPO法人化    野津弘氏(理事)
②NPO法人登録から20年の歩み          圓山稔氏(代表理事)
③江戸連機関誌発足から今日まで          長谷田一平氏(理事)
④特別企画、江戸連歩み-映像アーカイブ

日 時:3月26日(土) 午後1時半~4時半
場 所:日本橋伊場仙ビル7階会議室&オンライン(Zoom)配信
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

江戸連の発足時の話(発足時からの理事である野津氏と吉田氏)やその後の江戸連の歩みや問題点など(圓山氏)や機関誌発刊時のエピソード(初代機関誌担当理事の長谷田氏)がなされた。また、20年に及ぶ活動の様子を映像としてまとめた「江戸連アーカイブス」(新実前代表理事や長谷田氏らがまとめてくれた)を約1時間流したが、写っている会員たち(亡くなった方を含めて)の笑顔が印象的であった。

以上     文責:圓山 稔



2月講「江戸の犯罪と刑罰」

日 時:2月26日(土)午後2時~4時
場 所:新宿歴史博物館2階講堂およびオンライン(Zoom)配信
    新宿区四ツ谷三栄町12-16 03-3359-2131
講 師:大久保治男氏  2021年江戸連6月講・講師
             駒澤大学名誉教授、武蔵野学院大学名誉学長
             日本法制史専門
参加費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

2月講は、大久保治男講師の「江戸の犯罪と刑罰」で、現地とオンラインの開催となり、参加者は34名と多くの方が参加されました。最初に江戸幕府の刑罰の思想・主義・特色を学び、次に様々な刑罰の種類を系統立てて学ぶことができました。幕藩体制を維持するために、悪いことをすればそれに応じた罰を与えるという応報刑思想に基づき、公刑主義に則って見せしめのために刑罰が公開されていたとのこと。時代劇のお裁きや拷問のシーンを思い出し、背筋が寒くなりました。また、2019年5月講「江戸の刑罰におけるお仕置場の役割-鈴ヶ森と小塚原の空間と機能-」で学んだ鈴ヶ森と小塚原の刑場は、江戸に入ってくる人たちにとって、江戸で悪いことをすればこんな悲惨な末路になるのだという抑止力の意味があったことをあらためて理解しました。「土壇場」や「どさくさ」、「あごを出す」の語源に関するお話も大変興味深く、「岡っ引き」の「岡」は仮という意味があり、十手を持つ同心の代わりに仮に逮捕する者から来ているとはじめて知りました。現代のように科学が発達していなかったため、証拠ではなく自白に基づいて裁くのに拷問が許されたことや、「目には目を歯には歯を」にも似た応報刑思想により罪が裁かれ、抑止力として公刑主義に則っていたことは、混乱の戦国時代の後に、江戸幕府が260年を越える幕藩体制を維持するためには必要だったのだろうと感じました。

以上     文責:山本 秀美



1月講「新宿山ノ手 七福神めぐり」

日 時:1月9日(日)午後1時
集合場所:JR飯田橋駅西口(新宿寄り)改札口前広場
コース:飯田橋駅~神楽坂~①善國寺(毘沙門天)~地蔵坂~御徒組屋敷(大田南畝ら)~
    ②経王寺(大黒天)~大江戸線「牛込柳町駅」(乗車)~大江戸線「東新宿駅」(下車)~
    ③稲荷鬼王神社(恵比寿)~④永福寺(福禄寿)~⑤厳島神社(弁財天:朱印は西向天神で)~
    ⑥法善寺(寿老人)~西向天神~⑦太宗寺(布袋尊)
    (所要時間:2時間半程度)
参加費:会員1,000円、非会員1,500円
その他:新年会はありません

報告

1月講は新宿山ノ手 七福神巡りで、晴天に恵まれた久しぶりの街歩きとなり、外部の方も含めて24名が参加されました。案内役の松本氏、小嶋氏、圓山代表理事の順に、3グループに分かれてJR飯田橋駅西口を出発。最初は、神楽坂の善国寺(毘沙門天)にお参り。地蔵坂、大田南畝も住んでいた牛込御徒組屋敷のあった通りを経て、経王寺(大黒天)に到着。こじんまりした境内に沢山の小さな仏様が並び、ほっとする空間でした。大江戸線牛込柳町駅から電車に乗り、東新宿駅で下車、稲荷鬼王神社(恵比寿)に到着。恵比寿神社の鳥居の上に船が飾られており、驚きました。次は永福寺(福禄寿)。新宿にいるとは思えないほど静寂に包まれた場所でした。賑やかな通りを経て、厳島神社(弁財天)へ。境内を南北に通り抜けできることから、苦難を切り抜けられる抜弁天として庶民に信仰されたそうです。住宅街の細い道を通って法善寺(寿老人)に到着。境内の案内板にあった「七面明神像」を探しましたが、通常は非公開ということで拝見できず残念でした。厳島神社(弁財天)の御朱印がいただける西向天神社には、幕末築造の富士塚「東大久保富士」がありました。最後の太宗寺(布袋尊)は、江戸時代の宿場「内藤新宿」の中にあったことから、多数の参詣者があり門前町も発展したとのこと。布袋尊のほかに、江戸六地蔵の一つ「銅造地蔵菩薩坐像」や、「閻魔像」、「奪衣婆像」、「内藤家墓所」があり、とても立派な浄土宗の寺院でした。

以上     文責:山本 秀美



2021年12月講「江戸芸能づくし」

日 時:12月18日(土)午後2時~4時
場 所:新宿歴史博物館2階講堂およびオンライン(Zoom)配信
演 目:・紙芝居  寿々方さん 江戸連会員 江戸がたり家元 「大人のための紙芝居2作」
    ・マジック 三宮さん 江戸連会員 「カードマジック(映像参加)」
          白石さん 江戸連会員 「ロープマジック・他」
    ・落 語  花伝亭長太楼師匠 江戸連会員 「片棒」「芝濱」
会 費:会場参加 会員1,000円 非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円 非会員1,000円

報告

12月講は、会員の花伝亭長太楼師匠、寿々方さん、三宮・白石さんによる「江戸連芸能づくし」で、現地とオンラインの開催となり、参加者は33名と多くの方が参加されました。最初は花伝亭長太楼師匠の「片棒」は、けちで有名な赤西屋の大旦那、人呼んで赤西屋ケチ兵衛、いつかは身代を息子達に譲らないといけないが、息子3人に自分の葬式をどのようにしてくれるかを試した。長男は一見立派だが、お金がかかることが気に入らない。次男は、お坊さんを沢山呼んで野辺送りを盛大にすることで身代を譲れないと判断。三男は、棺桶の代わりに漬物樽を使い天秤棒で担ぐが、もう一人の担ぎ手に大旦那が「それなら私が担いでやろう、死んでいる場合じゃない」で終わり。
次に、「芝濱」は、勝五郎が50両を拾って、女房が隠して後で50両の事を知らせて、酒を進めるが、又、夢になるといけないので酒を飲まなかったとの物語。
寿々方さんの話で「安珍・清姫伝説」は、紀州道成寺にまつわる伝説のこと。思いを僧の安珍に裏切られた清姫が蛇に変化して日高川を渡って追跡し、道成寺で鐘ごと安珍を焼き殺すことを内容としている。次に「愛染かつら」は、川口松太郎の小説。津村病院創立25周年祝賀の日、看護婦 高石かつ枝は余興に歌を歌った。伴奏は津村病院長の長男 津村浩三で、これが縁で浩三とかつ枝はたびたび会うようになり、愛染かつらの樹の下で永遠の愛を誓う。亡夫との子供がいるため会うのをためらった。(省略)
三宮さん、白石さんの素晴らしいスーパーマジックは、感動しました。

以上     文責:川越 誠司郎

      



2021年11月講「江戸は”花と緑”にあふれていた」

日 時:11月20日(土)午後2時~4時
場 所:阿佐ヶ谷区民センター第4集会室&オンライン(Zoom)配信
講 師:圓山稔氏 江戸連代表理事
内 容:・江戸は庭園都市であった
    ・外国人から見た「日本人の花好き」
    ・江戸の花ブーム
    ・大田南畝の日記に見る江戸の花見
参加費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

11月講は、会員の圓山講師の「江戸は”花と緑“にあふれていた」で、現地とオンラインの開催となり、参加者は40名と多くの方が参加されました。
圓山講師は、2016年4月以来の5年半ぶりの熱演となりました。
江戸の町の大半は、武家が70%を占め、特に明暦の大火以降は、徳川幕府が大名の下屋敷として住むことを勧めた。八代将軍・徳川吉宗が隅田川堤他、庶民の為に花見の名所を作ったことは、江戸時代の象徴となった。江戸名所のガイド「江戸名所図会」・「江戸名所花暦」の挿絵入りの紹介がある。梅・椿・桃・桜・山吹等の名所が多々あり、江戸庶民の娯楽の場所となった。特に、「花暦」は、岡山鳥が江戸の四季を43項目挙げ、35ヶ所(桜)を挿絵入りで紹介している。又、外国からも、日本の花好きが紹介されている。江戸時代のそれぞれの時代で、大変なブームとなった。
特に椿・躑躅(つつじ)・菊・楓・唐橘・変化朝顔・万年青(おもと)等と多彩な植物があったようです。
圓山講師の大好きな大田南畝の紹介もあり漢詩・狂歌・戯作・随筆・日記等があり、特に、日記や随筆では興味深い内容となっている。別図の「南畝と歩く江戸の花見」は、南畝の知識豊かな行動的な様子が窺え、観察力に長け、好奇心があり、エネルギッシュな人物について感動しました。

以上     文責:川越 誠司郎



2021年10月講「浮世絵の中の西洋~オランデーズリー(阿蘭陀趣味)を検証する~」

日 時:10月23日(土)午後2時~4時
場 所:オンライン(Zoom)配信のみ
講 師:岡泰正氏 神戸市立小磯記念美術館館長。文学博士(関西大学)美術史専攻
     主な著書:『めがね絵新考 浮世絵師たちがのぞいた西洋』
          『びいどろ・ぎやまん図譜 江戸時代のガラス・粋と美』
          『身辺図像学入門 大黒からヴィーナスまで』
          『長崎びいどろ 東西交流が生んだ清涼なガラス器』
          『日欧美術交流史論 一七~一九世紀におけるイメージの接触と変容』等、他多数
会 費:会員500円、非会員1,000円

報告

10月講は、岡泰正講師の「浮世絵の中の西洋一オランデーズリー(阿蘭陀趣味)を検証する―」で、オンラインのみの開催となり、参加者は34名と多くの方が参加されました。江戸時代の西洋文化へのあこがれ、好奇心がどのように美術・浮世絵に取り込まれて行ったのかを、写真を交えての具体的な講話でした。
最初は16~17世紀におけるイエズス会派の絵画を中心とした説明がありました。18世紀には、木版筆彩の始祖と言われる「奥村正信」が、唐人館之図を作成し、また、「円山応挙」は、パリ・モンアール版の ”貯水近くのカフェから見た大通り ”の景色を学び、遠近法での ”三十三間堂通し矢 ”を作成している。浮絵の中興の祖と言われる、「歌川豊春」の作品も素晴らしいものがある。
特に、「葛飾北斎」の、”北斎漫画”の内容に興味があり西洋風の遠近法を採用した、奥行きをつくることの面白さを発揮した作品が記憶に残った。また、神奈川沖浪裏のプルシャンブルーという ”青 ”の素晴らしさも見逃せない。
また、「窪俊満」の、”中洲の四季庵の酒宴 ”の作品も興味深い出来となっている。
北斎の弟子である「安田雷洲」の ”赤穂義士報讐図 ”においては、アルノルト・ハウグラーケンの ”新約聖書 ”の作品内容とほぼ一緒とは驚きました。
絵画で有名な「ゴッホ」も、「歌川広重」の作品 ”猿わか町 夜の景 ”を所持し、自身作として、”夜のカフェ(油彩)”を書いていたとは、知りませんでした。
講の内容として、写真の説明、木版筆版・木版色摺・紙本着色等 多様な説明でした。

以上     文責:川越 誠司郎



2021年9月講「蘭学者を守り通した桂川家の位相ー平賀源内と桂川甫周・森嶋中良兄弟の交流を通じてー」

日 時:9月25日(土)午後2時~4時
場 所:杉並区高井戸区民センター&オンライン(Zoom)配信
講 師:桂川靖夫氏 桂川家11代当主、洋学史学会会員
    専門分野:植物分類地理学、臨床心理学
    著作(共著):茨城の科学史(常陸書房)、茨城県大百科事典(茨城新聞社)
    学校カウンセリング講座、他多数
参加費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

9月講は、桂川家11代当主・桂川靖夫講師の「蘭学者を守り通した桂川家の位相―平賀源内と桂川甫周・森嶋中良兄弟の交流を通じて―」で、現地とZoomでの参加者は、桂川家親族も含め38名と多くの方が参加されました。
江戸時代中頃、6代将軍・徳川家宣(綱豊)に侍医として仕えた桂川邦教をはじめとして、桂川家は代々、徳川家の幕府奥医として仕えてきた。さかのぼれば、安寧天皇、十市中原家からのスタートとしての桂川家の歴史家系図がある。
本日議題の「桂川甫周」・「森嶋中良」兄弟の活躍は印象的なものがあった。
蘭学者でもあった桂川兄弟は、あのエレキテルで有名な平賀源内とも交流があったとは意外でした。桂川家は、外科医として法眼(中世以降は、医師・絵師他に与えられた称号)の身で、武士としての心構えも持っていた。
森嶋中良は、「森羅万象(天地間に存在する数限りない全すべての形あるもの)」を終生愛したとも伝えられている。桂川甫周・森嶋中良は、全国的に幅広い人的交流があり、有名人(杉田玄白・前野良沢・大田南畝 等)との交流もあったようです。

以上     文責:川越 誠司郎



2021年8月講「江戸と江戸以前ー古地図から見えてくるもの」

日 時:8月28日(土)午後2時~4時
場 所:阿佐ヶ谷区民センター第1集会室&オンライン(Zoom)配信
講 師:芳賀啓氏 1949年仙台市生まれ。元柏書房代表取締役社長。東京経済大学客員教授
          現之潮主宰。早稲田大学エクステンションセンター講師
    主な著書:「地図・場所・記憶」2010年けやき出版
         「江戸の崖 東京の崖」2012年講談社
         「古地図で読み解く江戸東京地形の謎」2013年二見書房 他
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

芳賀講師は、2018年2月の講から3年半ぶりの講となりました。
休憩時間もない程の熱演ぶりでした。講の資料は、古地図1枚で、大半がスライドと、写真中心による講話となり、メモをとる間もないぐらいのスピードでした。
まず、寛文五枚図は、新板江戸大絵図、新板江戸外絵図の説明があり、江戸時代の様子が窺えました。弘長元年(1261年)10月3日、国・群・郷・村の始まりとなりました。古文書は差出人・受取人を具備しており一次資料ですが、史書は不特定多数を予見しており二次資料となります。
徳川家康が愛読していた二次資料である吾妻鑑に江戸太郎の名前が出ている。当時の最速の通信手段は馬であった。時速20~30㎞で走ったが30分しか持たず、替え馬が必要であった。人は一日8里、32㎞くらい歩いたようです。鎌倉時代、甲州街道が通った西国分寺にある姿見の池は、近くの恋ヶ窪一帯が宿場町であった頃、遊女たちが自らの姿を映して見ていたという言い伝えから名付けられた池である。恋ヶ窪という地名の由来の一つとも言われる、武将・畠山重忠と夙妻太夫の悲恋が伝承されている。
最後に太田道灌の江戸城の頃の長禄年間江戸図の説明がありました。この図は、前島が描かれておらず、川や池についても誤りがあり、江戸時代に造られたものと思われ、古地図とは言い難いようです。ただ、江戸時代と現在の街地図比較が面白く、興味深いものでした。



報告

7月講は、会員の荻原延元講師の「日本の伝統文様」で、約1年ぶりの講演となりました。現地とZoomでの参加者は、31名と多くの方が参加されました。
江戸時代の浮世絵の始祖・菱川師宣の「見返り美人」、京の人気絵師、西川祐信の「柱時計美人図」は、うっとりするものがあります。
縞と格子については、縞柄、小紋柄、格子柄が特に人気があったようです。
また、家紋は平安時代から使用され、江戸時代では大名・旗本が多く使用していた。あの有名な毛利元就の三本の矢(長門三ツ星)は、毛利家の団結を呼びかけたものです。纏(まとい)の服装デザインは柄が多様あり、定火消し、大名火消しと並び、大岡越前守の「いろは四十八組」の町火消纏は、目を見張るものがあります。
当初は、江戸の定火消しや奴(やっこ)が好んで着た「かまわぬ文様」は、役者も好む絵柄となり、縦縞(〇〇縞)の多様な柄が流行し、中には、手が込んだものもある。
あと、「辻が花の模様染め」・「慶長小袖」・「寛文小袖」・「元禄友禅染め」は、時代の特徴を生かした出来となっています。
特に、加賀の宮崎友禅斎の手書きによる染色技術は、素晴らしかったです。

以上     文責:川越 誠司郎



2021年6月講「文化人井伊直弼と埋木舎(うもれぎや)」

日 時:6月19日(土)午後2時~4時
場 所:阿佐ヶ谷区民センター第6集会室&オンライン(Zoom)配信
講 師:大久保治男氏(彦根派藩筆頭家老大久保氏子孫)
       駒澤大学名誉教授、武蔵野学院大学名誉学長、日本法制史専門
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

6月講は、大久保治男講師の「文化人 井伊直弼と埋木舎(うもれぎや)」で、大久保家は、徳川家康の祖父の代より旗本、藤原氏一門後裔。井伊直弼の時代は、藩の重役として活躍した。
直弼は、彦根藩35万石の藩主で、徳川幕府の大老でもあったが、父・直中の14男坊として生まれ、17歳から32歳までの15年間は、藩の「北の屋敷」で生活することとなった。
ここを「埋木舎(うもれぎや)」と名づけた。ここで茶道・歌道・謡曲等文化人としての修行をした。直弼は、後世、「茶・歌・ポン」というあだ名がつけられたと言われている。
特に歌道では、埋木舎においての「和歌」は、熱心に取り組んだ様子がうかがえます。他にも国学・蘭学・書・画・湖東焼・楽焼・禅・仏教も修練を積んだ。武人のため、弓・馬・剣道・居合術・柔術・兵法等にも練達し、文武両道を極めた。また、茶道において、一期一会や余情残心の考え方はすばらしいと思います。武家社会で「保剣」という言葉があり、刀を抜いたら負けとは驚きました。
大久保家では、講師の曾祖父(小膳)が直弼の茶道の高弟(宗保)として従事し、明治4年以来、埋木舎を贈与され代々で保存している。

以上     文責:川越 誠司郎



2021年5月講「信州が生んだ気骨ある儒学者・経世家”太宰春台”について」

日 時:5月22日(土)午後2時~4時
場 所:オンライン(Zoom)配信のみ
講 師:清水学氏(江戸連会員)経済学者
     アジア経済研究所総合研究部長、一橋大学経済研究科教授ほか、多数の大学を歴任
     主な著作(編集)「中央アジア―市場化の現段階と課題―」「中東政治経済論」他
会 費:会員500円、非会員1,000円

報告

5月講は、会員の清水学講師の「信州が生んだ気骨ある儒学者 経世家・太宰春台」で、春台は、長野県・飯田市の飯田藩士の子として生まれ、15歳で但馬出石藩の小姓頭となり、17歳で朱子学者の中野撝謙の私塾に入門した。21歳で致仕(官職を辞して隠居すること)したので、藩主が怒り10年間の禁固を命じた。その間、どこにも仕官できなくなり、不退転の意思で勉学に励む。32歳で禁固の刑が解け、あの有名な荻生徂徠に入門し、詩文から儒学・古文辞学へ転向した。印象的だったのは、師の荻生徂徠に対し「言いにくいことを言う唯一の弟子」としての気質だった。
中国語・音楽・医学他、極めて広範囲な分野に関心を持ち、野心家でもあった。
日本で初めて「經濟」の語を書名とする『経済録』を著す。
その後、私塾紫芝園を開設し、本格的な研究・執筆・教育に従事した。
又、会読(セミナー)の運営の理念は、個性と平等を尊重した自由闊達なもので学ぶ点が多い。一連の名著を出版し影響力が徐々に広がるも、68歳の生涯を閉じた。

以上     文責:川越 誠司郎