日 時:8月30日(日)14:00~16:00
会 場:東京ウイメンズプラザ第二会議室全室&Zoom配信
講 師:関 良基氏
参加費:現地-会員1,000円、非会員1,500円
Zoom-会員500円、非会員1,000円
*会員の方の会費は9月末にお支払いください。非会員の方は、会員との合算支払可。
講師略歴:拓殖大学政経学部教授、信州出身、京都大学農学研究科博士課程修了後博士、
早稲田大学アジア太平洋研究センター助手、地球環境研究機関客員研究員を
経て現職
主な著書:「江戸の憲法構想 日本近代のイフ」「日本を開国させた男・松平忠固 近代
日本の礎を築いた老中」「赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬られた
立憲主義の夢」「社会共通資本としての森」他、多数。
*小栗忠順は文政10年(1827年)に江戸幕府旗本の家に生まれ、通称は又一、官位は上野介。
三河小栗氏の第12代当主で幕府の勘定奉行、江戸町奉行、外国奉行などを歴任。幕府の
実務家として活躍。彼の導入した郵便制度や会社組織の概念は明治政府に引き継がれ、
東郷平八郎も横須賀造船所の功績を称えたといいます。また明治政府の近代化政策の
多くは小栗の施策を模倣したものとされ大隈重信もその功績を評価しているといいます。
2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』では小栗忠順が主人公として幕末の幕臣視点で
描かれるそうです(情報はネット参照)。
日 時:7月20日(月・祝)14:00~16:00
会 場:東京ウイメンズプラザ第一会議室B&Zoom配信
講 師:田中義巳氏(品川宿史談会 副会長)
参加費:現地-会員1,000円、非会員1,500円
Zoom-会員500円、非会員1,000円
<企画担当理事より>
*今回の講師・田中義巳氏は、今年4月にお亡くなりになられた旧江戸連会員・新実氏からご紹介いただいた方です。
田中氏は東海道に深く精通されており、徒歩による東海道五十三次往復は実に30余度に及ぶそうです。また、東海道のみならず世界各地の街道を踏破してきた達人で”街歩きのレジェンド”とも称されるほど。これまで全国の街道を歩きながら集めた街道や宿場、歴史、建築などに関する書籍は、3万冊以上とのこと。現在は、収集されたそれらの蔵書を扱う古書店「街道文庫」を「品川宿」で営まれています。今回の講では、「品川宿」の概要を語っていただくと共に、江戸時代にこの地で起きた事件から「品川宿」を探っていただきます。
報告
7月講は、田中義巳講師で、「東海道品川宿を様々な事件と出来事から読み解く」のテーマで、参加者は、現地25名、Zoom 9名での講となった。
今回は、特に品川宿にまつわるお話を聞かせていただきました。
膨大な資料とデータとなっていますので、抜粋して報告をさせていただきます。
東海道品川宿は、歩行新宿・北品川宿・南品川宿の3宿で構成されている。
品川宿の総戸数は、2,400軒、人口は10,600人と推計されている。
1718年10月、北品川新町、善福寺、法禅寺門前の茶屋町が、禁制の遊女を抱えていたことで処分される。1729年、天一坊事件(江戸時代中期、山伏の天一坊改行が江戸幕府8代将軍・徳川吉宗の落胤を称して浪人を集め、捕らえられ獄門(鈴ヶ森で処刑)になった事件)が起きた。
以下省略 ・・・ 配布資料をご覧ください。
以上 文責:川越 誠司郎
日 時:6月14日(日)10:00~12:00
会 場:新宿歴史博物館講堂&Zoom配信
講 師:大石学氏
<講師プロフィール>
1953年、東京都台東区生まれ。日本の日本近世史学者、東京学芸大学名誉教授・特任教授、静岡市歴史博物館館長、時代考証学会会長。元禄・享保時代を専門とし、NHK大河ドラマ(『新選組!』『篤姫』『龍馬伝』『八重の桜』『花燃ゆ』『西郷どん』)等の時代考証を担当、及び『英雄たちの選択』などNHK歴史関連の番組に多数出演。
著書:『吉宗と享保の改革』、『徳川吉宗・国家再建に挑んだ将軍』、『首都江戸の誕生 大江戸はいかにして造られたのか』、『大岡忠相』、『元禄時代と赤穂事件』、『近世日本の統治と改革』、『敗者の日本史 16 近世日本の勝者と敗者』、『今に息づく江戸時代 首都・官僚・教育』、その他、多数出版。
<講演内容>
江戸時代は、高い識字率と教育力を基盤とした平和で文化的な時代でした。この江戸のリテラシー・教育力は、単なる読み書きに留まらず、黄表紙や川柳、小咄といった豊かな出版・大衆文化を育みました。江戸の人々は困難な状況すら笑い飛ばすユーモアと知恵を持ち、その精神は現代の落語や娯楽にも通じています。本講演では近世史学者の大石学氏が現代と地続きにある江戸の文化的な普遍性とそれを支えた教育力の真髄について詳しく解き明かします。
参加費:現地-会員1,000円、非会員1,500円
Zoom-会員500円、非会員1,000円
*会員の方の会費は9月末にお支払いください。非会員の方は、会員との合算支払可。
*外部向け「講演会案内」はこちら
<予告>
これまで江戸期(慶長8年(1603)~慶応3年(1867))は封建制度のもと民衆は貧困と差別そして抑圧を受けながら不十な生活を強いられていた時代と認識されていました。しかし実は江戸期は平和で自由で文明化された時代であったといいます。武士は兵農分離や転封政策により官僚化し農民との関係には恣意が働きにくいシステムが引かれ、結果官僚的支配のもと長期の「江戸の平和」が誕生した、そしてこの平和を基礎から支えたのが「江戸の教育力」であったと。こう述べるのは江戸時代をご専門とされる近世史学者・大石学先生です。先生はさらに江戸期を「初期近代(アーリーモダン early modern)」として捉え、この時代は近代という新しい時代へと変わるための第一歩であり、江戸期の社会的、文化的特徴は明治維新によって終わるのではなく「江戸的」なものとして現代に途切れることなく普遍性を持って続いていると指摘、つまり江戸期は現代と地続きであると説きます。
この江戸期の平和を支えたリテラシー・教育力を特徴付けるのは何といっても高い識字率と教育の普及でしょうか。特に江戸時代後期、武士のみならず一般庶民の間でも寺子屋などを通じて読み書き・計算(そろばん)が広く普及、地理や歴史、産業など多種多様な往来物(教科書)も盛んに読まれたといいます。江戸のこの高度な基礎教育力は明治以降の近代化の基盤となり現代に繋がっているといいます。また識字の能力の高さは出版文化を発達させ、当時安価で出版された「黄表紙(洒落、風刺、滑稽さを取り入れ、風刺やナンセンスな笑いを含んだ大人の教養・娯楽作品で現代のコミック本に通じるもの)」などは知識人や町人の間で人気を博し、これら読書は江戸の民衆にとってのストレス解消法であり高度な文化だったと伝わっています。同様に識字の高さは川柳や小咄も普及させたようです。江戸の笑いは川柳や小咄など短い作品に表れているといいます。例えば人間の喜びや愚かしさを歌った川柳は人間の本音、皮肉、世相を風刺し人生の悲喜をおもしろおかしく表現しています。また短い話の中にユーモアが詰まった小咄はとんち、勘違い、人情を表現しており正に現代の落語に通じるものだと言われています。江戸の民衆は死の恐怖も笑いでやり過ごす知恵があるようで、例えばコレラや麻疹が蔓延している際にも疾患の恐怖や不安を面白おかしく小唄に載せやり過ごしていたとの記録が残っています。これら厳しい場面に遭遇しても笑い飛ばし楽しむ対処法は教育力あっての高度なテクニックと推測されます。江戸の笑いは、現代のユーモアにも通じる、本音と建前を絶妙に楽しむ文化だったようです。
江戸の教育力は人生の喜びや滑稽さをうたった川柳や狂歌、人々の生活に根ざした間抜けで「笑い」の宝庫の小咄、そして落語、俳諧などの大衆文化を成熟させ、娯楽の多様化を生み、人々の生活に根ざした「遊び」や「情緒」を確立させました。これら確立された「遊び」は時代を超え今なお現代に息づいているといえます。
江戸の文化は、単なる一時期の文化ではなく、現代に繋がる高い普遍性を持った文化として評価することができます。今回大石先生には江戸期におけるリテラシー・教育力をベースに今に息づく江戸の普遍性を大衆文化を交えながら語っていただきます。
(文責:江戸連企画理事)
報告
6月講は、大石学講師で、「江戸のリテラシー」― 江戸の教育力 ― のテーマで、参加者は、現地54名、Zoom 11名で、会場一杯での講となった。リテラシーとは、辞書で確認すると、読解記述力(識字率)、「適切に理解、解釈、分析し、改めて記述・表現する」という意味。はじめに、「平和」と「教育」について、モデル「喪失」と「創出」の時代。①欧米モデルの混迷(長年世界の模範とされてきた欧米の「自由民主主義」と「市場経済」が、内外の課題により機能不全に陥っている現象を指します)・来日観光客の増加⇒日本文化・文明への注目、「安心・安全」の社会。②世界遺産活動= 「Edo Japan 発」の世界へのアピール⇒「近世日本の教育遺産」。足利学校(足利市)、閑谷学校(岡山県備前市)、咸宜園・豆田町(大分県日田市)、弘道館・偕楽園(水戸市)⇒主体的で多様な教育⇒日本遺産の説明があり素晴らしいと感じました。
○近世国家・社会の達成
①神仏」「自然」からの離脱⇒「文明化」
②100年の戦国時代(「武力」「自力」による問題解決 )を克服。特に、豊臣秀吉の「惣無事令(そうぶじれい)」は、大名間の私闘を禁じた法令で印象的でした。
又、幕末期のフランス公使レオン・ロッシュは「匏庵遺稿(ほうあんいこう)」は、250年の間、国家泰平にして目に千戈(かんか)を見さるの洪福(こうふく)を保てるは、世界に聞きたる例なき所なりと、世界的視野から「江戸の泰平」と褒めている。
③省略
④近世統一国家と兵農分離社会の、兵農分離について、徳川家旗本家臣団は、江戸周辺の日帰り範囲に領地を与えられ、妻子を住まわせ、自身は江戸城下に小屋を設け、「その身ばかり御城へ通勤すべし」(『徳川実紀』)、正に現在に通じるものがあります。時代区分論は、古代(奈良・平安)、中世(鎌倉・室町)、近世(江戸)、近代(明治)としている。首都も「畿内首都」から「江戸東京首都」に移行され、その後、「平和」と「教育」が進んでいく。幕末の話の中で、当時、天領地だった大分県・日田市に私塾があり、3千人~4千人が集い、勉強していたそうです。山の中に学園都市があり、全国から歩いて来たとは、驚きでした。
又、京都から江戸への文化人・専門家の移動を政策的に行った。服飾儀礼、建築家・作庭家・茶人・書家、宗教者、能役者、医師、学者、棋士・囲碁師、絵師など多種多様にわたり移動していった。
近世庶民のリテラシーで、小咄から見る江戸の文字環境で、種類は、寺子屋・手習いと父母のリテラシー、女子教育・習い事・私塾、古典リテラシー、日常のリテラシー、町人のリテラシー、遊女・芸者のリテラシー、手帳と手紙、算術のリテラシーとあり、特に印象的だったのは、最後の算術のリテラシーで、算盤と算木(計算用具)のみで解き、数字はアラビア文字でなく、漢数字で良く計算が出来たものだと感心しました。
以上 文責:川越 誠司郎
日 時:5月30日(土)10:00~11:45
会 場:東京ウイメンズプラザ 第1会議室A&Zoom配信
講 師:荒井孝昌氏(江戸連会員)
<講演内容>
1.明け六ツから暮れ六ツまで
2.江戸の時の鐘
3.江戸城の一日
4.正徳4年1月12日江島の一日
*これに関する浮世絵、絵図なども展示します(講師より)。
参加費:現地-会員1,000円、非会員1,500円
Zoom-会員500円、非会員1,000円
報告
5月講は、江戸連会員で元東京国際大学学長の荒井孝昌講師の「江戸の朝昼夜」で、昨年4月以来の講となった。参加者は現地20名、Zoom 6名でした。まず、江戸の人は、絵図・浮世絵などの日常を楽しんでいたようです。
『理科年表 2026』には、明六ツは、日の出前約36分、暮れ六ツは日没後約36分等、富士山爆発が何年かとかの事も書いてある。江戸の時の鐘は、2代将軍、徳川
秀忠の時に始まった。印象的だったのは、上野と浅草とが同タイミングで聞こえていたというのは驚きました。江戸城の一日は、明六ツ(6時)・将軍起床と江戸城の門が開き、暮六ツ(6時)で江戸城の門が閉じる。その間、若年寄の登城や老中登城などがある。又、七ツ(4時)に大奥の七ツ口が閉じる事となっていた。大奥の広さが本丸の半分とは当時の大奥の勢力を深く感じました。
「江島生島事件」は江戸時代中期に江戸城大奥御年寄の江島(絵島)が歌舞伎役者の生島新五郎らを相手に遊興に及んだ事が引き金となった。家継の生母・月光院に仕える御年寄・江島は主人の名代として上野・寛永寺、芝・増上寺へ前将軍家宣の墓参りに赴いた。その帰途に木挽町の芝居小屋・山村座にて生島の芝居を見た。その後、江島は生島らを茶屋に招いて宴会を開いたが、宴会に夢中になり、大奥の帰城の門限(4時)に遅れてしまった。
評定所などで調べられ、江島は生島との密会が疑われ、判決は遠島(島流し)であったが、月光院の嘆願により、高遠藩・内藤清枚へお預けとなる沙汰が下った。生島は三宅島へ遠島、山村座の座元・山村長太夫も伊豆大島へ遠島。結果、山村座は廃座となり、関係者1,400名が処罰された綱紀粛清事件。江戸城の一日で、朝から夜までの城内の規律の厳しさを、「江島生島事件」を通じて深く痛感いたしました。
最後に、「原寸復刻・江戸名所図会」の本の分厚さ(6cm以上)には驚かされました。又、展示内容で、浮世絵で増上寺・昌平橋聖堂・水道橋・鳥文斎栄之の
展示も、素晴らしい色彩と引きつけるものがあり、古地図も勉強になりました。
以上 文責:川越 誠司郎
日 時:4月29日(祝・水)13:00~16:30
場 所:東京ウイメンズプラザ第一会議室AおよびZoom配信
13:00~14:00 総 会「2025年度活動報告と決算、2026年度活動方針と予算、その他」
14:30~16:30 4月講「森羅万象・魑魅魍魎・滑稽洒脱…江戸の社会を描き尽くす」-北斎漫画の世界」
講 師:五味和之氏(一般社団法人北斎振興会代表理事)
プロフィール:昭和33年(1958)西東京市生まれ。大正大学文学部史学科日本史コース卒業、同大学院文学研究科修士課程修了。その後、大学院博士課程在学中の1985年に墨田区文化財保護指導員に就職(~平成21年3月まで)。博士課程終了後、武蔵野女子学院高等学校および中学校の非常勤講師、読売日本テレビ文化センター講師を経て、平成21年より現職(墨田区文化振興財団職員)。平成28年、すみだ北斎美術館開館と同時に教育・普及を担当する。すみだ史談会終身講師。墨田区観光ボランティア養成講座講師。NPO本所深川講師。区内の小中学校への出前授業や史跡めぐり、老人クラブでの講演なども多数こなす。2019年3月をもって、すみだ北斎美術館を定年退職。2021年 一般社団法人北斎振興会を設立し代表理事に就任。今後も北斎を始めとする江戸下町文化の豊富な知識やアイディアを社会に還元し、日本の明るい未来のために貢献する。
今回は世界的にも人気の高い「北斎漫画」をご講演していただきます。「北斎漫画」は北斎が門人のための絵手本として初めて刊行された画集で、北斎没後の明治11年(1814年)までの間に全15編が刊行されました。その総頁数は970ページ越え、収録図版は約4,000点にもおよび、絵図のモチーフも人物に始まり動植物、職業、生活用具、名所、妖怪などと多岐に渡っています。知っているようで知らない事実が多々ある「北斎漫画」、北斎の専門家でもある五味先生にこの世界を深堀していただきます。
講会費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
Zoom参加 会員500円、非会員1,000円
懇親会:中華料理(ふーちん青山)
報告
4月講は、一般財団法人・北斎振興会代表理事の五味和之氏の講和で、参加者は現地33名、Zoom 2名でした。
まず、新千円札の話題で、北里柴三郎のファンで本人も顔が似ていることを自負し、髭を蓄えられていました。札の裏側の葛飾北斎作「神奈川沖浪裏」の紹介もありました。『北斎漫画』は、全15冊、平均60頁、総図数3,900図と
いう大量の作品がある事に驚きました。文化9年(1812)、北斎が関西に行く途中、名古屋に立ち寄り数カ月の滞在となり、この間に300図余りの版下絵綴りを描いて渡したとは大変な労力だったかと思います。北斎の人柄で,
弟子はとらないが、聞けば教えてくれるとは、大変優しい人柄だと思いました。内弟子をとらず孫弟子等全国に200人位いたようです。全巻15冊のポイントとして、初版から3編⇒手控帳・絵日記をランダムに選び出して描いた。4編⇒簡単なスケッチ、漫画チックにしている。5編⇒建築物、橋の裏側も見ていた。6編⇒武士の嗜みを描く。7編⇒名勝(船の絵・風景・波等)を描く。8編⇒名勝の補完(農家・灯台・機織り等)と養蚕関係を描く。9編⇒和漢の武者絵と烈女を描く。暴れ馬の紐を女性が下駄で押さえていたのは印象的でした。10編⇒神仏関係を描く。百面相は面白かったです。11編以降は、左前の角丸屋に代わり、永楽屋が20編まで刊行を計画した。特に印象に残ったのは12編で、彫師の「江川留吉」による作品で、1ミリの中に髪の毛3~4本を彫るという、圧巻さには驚きました。13編は、北斎が亡くなって終了かと思いきや、永楽屋が、遺稿を探し出し刊行する。14編以降は省略。
1862年のロンドン万博をきっかけに、北斎の絵が世界に広まっていった。特に、フランスのマリー・ブラックモンは、北斎の13編と出会い、皿にカエルや鳥等を絵付けしている。
最後にアメリカのフォト雑誌「LIFE」で、1998年「1000年間の
人類に功績を残した人100人」で、日本人で唯一、葛飾北斎が86位に選ばれている。参考に、1位はエジソン(発明家)、2位はコロンブス(米大陸発見)、3位はマルティン ・ルター(宗教改革)他
以上 文責:川越 誠司郎