俳句連

第1回「扇句会」報告

 

今般、江戸連内に俳句連を立ち上げることとなり、第1回「扇句会」が開催された。過去2回投扇興の後に勉強会の一環として句会を行ったが、そのメンバーから広く江戸連衆に句会への参加を呼びかけたらどうかとの意見があり、連内連として「俳句連」が発足された。その時、集約された意見は、
①広く連衆から出句及び選句を募る。
②作句のイメージを喚起するために写真を付ける、
と言うものであった。
そこで長谷田様にお願いし今回は初冬をイメージする「一面に積もった落葉」の写真を添付した。
その結果、寄せられた俳句は23句、選句は25句であった。投句も選句もひとり1句に限定したが、少なすぎる投選句はかえって各位の悩みの種であったようだ。
句会の後の意見交換では、「2句以内の投句と3句程度の選句」としたらどうかとの声が多く、次回以降にはそれを反映したいと考えている。
次回は2月を予定している。長谷田様に『早春』イメージの映像をお願いしているので、皆様にはその写真からイメージを膨らませて、早春の句を作られることを期待している。
さて、今回寄せられた23句は、みなそれぞれに個性が出て味のあるものであった。ここではその内5句の秀句を紹介したい。

雲水の踏みわけてゆく落葉道  安居院半樹

 この句の優れたところは、上五に「雲水」を配したことにより、時間的、空間的広がりが出た。どんな格好の
 雲水か、どこからどこへ旅をするのだろうか等、読者の想像力を掻き立てる。参加者の共感を尤も得た句で
 ある。

冬の朝再起を期してペダル踏む 信陽蒼生

 病みぬけて「さあ、また頑張るぞ」と寒い朝に自転車のペダルを強く踏み出す。落葉の写真から寒い朝を
 感じたのは作者自身の体験に基づくのであろう。この句で「冬の朝」が季語として最適か、という問題提起
 がなされた。俳句では良く「季語が動く」と言う。例えば「秋の朝」では駄目なのかとか。この句の場合、
 再起の決意を寒い朝にしたことに眼目があり「冬の朝」で良いような気がするが「霜の朝」とかもっと
 厳しさを出した季語がベターかもしれない。

掃く人の逝きしあとにも朴落葉 小川裕子

 落葉を掃いてくれていた人は、今はいない。それでも季節になると木の葉は散る。朴の落葉は大きくて動けば
 音も出る。それを見聞きするといなくなった人を思い出す。

さくさくと踏みし落葉の色重ね 小林敬子

 上五の「さくさくと」の擬音語が焦点になる。オノマトピアは使い方によって面白いし、また、問題にも
 なる。乾いた落葉なのだなあ、と想像される。ただ、下五の「色重ね」まで言うと、上五がやや弱くなって
 しまいかねない。

来し方の苦き思ひや紅葉散る  圓山謡拙

  冬になると一年を振り返る。また、その連想で遠い昔の事も思い起こす。
  「苦き思ひ」って何だろう。読者はわが身に置き換えて想像するだろう。
  それは誰にも言えない墓まで持っていくことかもしれない。「散る」がこの辺りを連想させる。

                          文責: 林半寿