10月講「秋の小布施観光日帰りバス旅行」

日 時:10月26日(土)
    出発:午前9時 JR荻窪駅北口  帰り:午後8時頃 JR荻窪駅北口
詳 細:以下参照

会 費:会員6,000円、非会員6,500円
その他:定員45名(満員になり次第締め切り。会員及びその家族優先無し)
       案内人:新実正義  幹事:白石 徹

2019年6月月例会の報告

6月28日(金)、定例の「投扇興」練習会が阿佐ヶ谷区民センターで開かれた。
連続出場中で最多優勝回数の仲下尚治氏、常連の白石夫妻、清水学氏等の欠席もあって、開始当初は一抹の寂しさもあったが、香田なをさんの初参加、開始早々からの「澪標」などの大技の続出、荻原延元氏と塩出明彦氏の対戦が練習会初の延長戦となるなど大いに盛り上がることとなった。
延長戦を制した塩出氏の技も高難度技「横笛」であった。
決勝戦は小川裕子さんと坂本宏氏の対戦となり女性初の優勝かと注目されたが、小川さんの最終投「浮舟」もむなしく、「早蕨」と「浮舟」で先行した坂本氏の貫録勝ちとなった。
練習会終了後は林繁樹氏を宗匠とし、俳句会が開かれた。

                    (文責 三田義之)

 
香田さん 澪標(12点)    塩出さん 横笛(40点)!

 
小川さん 浮舟(30点)    坂本さん 浮舟(25点)

指南役講評
 
「扇句会」報告
初めての試みで句会を行った。未経験の方が多かったが、果敢に挑戦して頂き、短時間であったが、充実していた。
事前に2句ずつ出句して、作者名を明かさず各自2句を選句する形式で行った。
なかなかの傑作ぞろいであったが、その内の5句を紹介する。
 
一)胡蝶舞ふ夏の阿佐ヶ谷投げ扇 義之
 「胡蝶」は春の季語で「夏」と季重なりになるが、
 この場合「投扇興」の事を詠みこんでいるので問題ない。
 阿佐ヶ谷も詠み込まれていて、センスの良い句だ。
 
二)万緑や牛久大仏天を衝く 知蘭堂 
 緑の中にすくと立つ大仏、地から天へと視線が移り大きな景が見えてくる。
 
三)夕立や相合傘にはひふへほ 長閑
 下五がユニークで、思わせぶりなところが良い。
 
四)烏瓜咲いて妖しき夜の底 なを
 滅多に見ることのできない烏瓜の花。「夜の底」で決まった。
 
五)縁側で西瓜頬ばり種飛ばし 宏
 みんな経験のある昭和の子供時代が描かれ共感を得た。

                    (文責: 林)

9月講「歌舞伎鑑賞」

日 時:9月21日(土)11時開演(昼の部)
場 所:歌舞伎座3階A席
演 目:極付「幡随長兵衛」    幸四郎、雀右衛門 他
    「お祭り」        梅玉、魁春
    伊賀越道中双六「沼津」  吉右衛門、歌六 他
会 費:会員6,000円、非会員6,500円

8月講「江戸時代の伊賀者について」

「忍者」といえば、映画や漫画に出てくる彼等のイメージだと思いますが、この講演では、彼等のことではなく、史実の忍者を説明します。それも、伊賀国出身の忍者(その子孫の忍者)である伊賀者についてです。徳川幕府の伊賀者を主に取り上げます。

日 時:8月31日(土) 午後3時~5時
場 所:阿佐谷地域区民センター 第4集会室
    杉並区阿佐谷南1-47-17 地図
講 師:高尾 善希(たかお よしき)氏
    1974年生れ。三重大学国際忍者センター准教授。日本近世史専攻。
    主な著書「やさしい古文書の読み方」(日本実業出版)、「驚きの江戸時代」(柏書房)、
    「忍者の末裔」(角川書店)など
会 費:会員1,000円、非会員1,500円
懇親会:「いろはにほへと」和食。飲み放題付き4,000円(女性3,500円)
    区民センターから徒歩1分

7月講「江戸時代の花形輸出品は金・銀・銅であった」

江戸時代、武家社会が最も必要としていた輸入品は何といっても絹や絹製品。その支払いの為、日本から大量の金属資源(金・銀・銅)が輸出されました。そのうちあまり知られていない銅輸出に焦点を当て、日本銅の華麗な変身を紹介します。

日 時:7月27日(土) 午後3時~5時
場 所:阿佐谷地域区民センター 第6集会室
    杉並区阿佐谷南1-47-17
講 師:関昭雄氏
    パンアメリカン(航空会社)のドイツ駐在、ドイツ化学会社を経て、BMWジャパンを
    定年退職。その後、50年近い古銭収集の趣味を生かしてジャパンコインキャビネット
    (西洋古銭の売買)を設立。世界中を飛び回って活躍。
会 費:会員1,000円、非会員1,500円
懇親会:「キタノイチバ 阿佐ヶ谷南口店」和洋食。飲み放題つき会費3,500円
    区民センターから徒歩1分

報告

1)江戸時代の日本への輸入品
  17世紀には、生糸・絹織物を中心とした繊維製品が圧倒的な量を占めていたが、18世紀に入り、元禄の頃
  より皮革・染料・香料・薬物が増え、特に砂糖の量が急増した。
   

2)江戸時代の日本からの輸出品
  ・銀
   当初、メキシコや南アメリカで産出された銀は、ヨーロッパや中国へ運ばれていた。
   主に、絹獲得のためVOCは銀(銀塊)をヨーロッパからアジアへ送った。

       VOCが運んだ銀
       

   やがて、日本の銀がVOCにより1622年以降、本格的に輸出され始めた。
   銀は中国貿易に不可欠、1640年以降はインド、トンキンへ銀輸出本格化。
   銀輸出のピークは1639年(寛永16年)で輸出総額の98%を占める。
   やがて、日本の銀は枯渇し1668年、銀輸出禁止となり、銅が取って代わる。
    

   銀は丁銀という形で出された。慶長丁銀は品位80%であった。
    

  ・金
   輸出は1640年から小判の形で本格化。21,000枚の小判と300枚の大判がバタビア経由でインドの
   スーラトとコロマンデルに送られた。貿易拡大と同地からの生糸の輸入の為。

       大判 中央にオランダの象徴であるライオンの刻印
       

   1641年金輸出禁止。1664年金輸出再開。
   毎年1,000枚~3,000枚の小判がアジア市場向けに輸出された。主にコマンデルやベンガルへ。
   1673年バタビアでは小判が正式通貨として認められ、VOCの主な拠点であるセイロンやマラッカでも
   貨幣として流通した。
   1668年から4年間で約40万両が輸出されるがその後、輸出価格が引き上げられた(1672年)のと、
   品質の低下をオランダ側が敬遠したため、輸出量が減少した。
      慶長小判  品位金857 銀143 重量17.33g
      元禄小判  品位金564 銀436 重量17.81g
      宝永小判  品位金834 銀166 重量9.38g

    慶長小判
      

    文政小判
      

    天保小判
      

    万延小判
      

    小判輸出の終焉 1763年(宝暦13年)
     

  ・銅
   用途:大砲・銃器など軍需品、貨幣、仏像、家庭用品、船のバラストなど
   1620年代はおよそ銀輸出量の4分の1程度であったが、1636年からの寛永通宝の本格生産により、翌年
   輸出禁止令が出たが、1946年に解禁され、1650年代後半から輸出は急上昇する。日本の輸出を支える
   存在となる。
   貨幣(銭)は、寛永通宝以前は中国からの輸入品、宗銭であった。
    

    

3)日本が17世紀の欧州の銅市場に多大な影響を与えた?
  欧州での主な銅供給国はスウェーデン。18世紀以降中国雲南省の銅が出てくる。
  日本の銅は1623年オランダに初上陸、価格が下落。1657年スウェーデン×デンマーク戦争により価格
  高騰。さらに1672年スウェーデン・イギリス・フランス軍のオランダ侵入により、銅の価格が急上昇、
  欧州全体の銅の需要の半分まで日本の銅が賄ったと言われる。
  アジアでは、どこで使われたか?
   ペルシャ:1659年以降減少
   ベンガル:1649年以降
   コロマンデル:1654年から
   スーラト:1652年から。日本銅のアジア最大の消費地。アフガニスタンまで売られた
   セイロン:1670年から。その他、シャム、ベトナム、バタヴィア
   

4)長崎でオランダ商人の為に銅銭を作った?
  1659年長崎奉行はオランダの希望である貨幣鋳造を許可した。
  銭文は北宗銭から引用、書式を変えて判別可能とした。貿易決済に限られた。
  主な輸出先は、慢性的に小銭が不足したベトナム、中国、バタヴィア
  北宋銭に比べて長崎銭は鋳造技術が劣るため、微量の金が含まれていた。
   
   

   

5)金は小判の形で、銀は慶長丁銀の形で、銅は主に棹銅の形で輸出された
  

  

  インドネシア・セイロンでは小銭が不足し、棹銅を切って使った。
   

  銅棹の入った見事な紫檀の箱
  

  

  

  講演
  

*参考文献:山脇悌二朗 「長崎のオランダ商館」 1980年 中公新書
      科野孝蔵 「オランダ東インド会社の歴史」 1988年 同文社
      鈴木康子 「近世日蘭貿易の研究」 2004年 思文閣
      八百啓介 「近世オランダ貿易と鎖国」 1998年 吉川弘文堂

以上。   文責:白石 徹