2018年10月月例会の報告

10月30日、いつもの阿佐ヶ谷市民センター。
常連10名に加え、林さんの俳句仲間の香田さんが参加されました。

2回目の小川さん、初参加の香田さん、女性お二人の参加に張り切ったか、はたまた小川さんの「ハンディキャップはいりません」の一言に発奮したか、男性軍が高得点の技を連発、面目を施しました。
決勝は(前回の初戦で仲下を破り、準優勝で仲下の逆襲に合い惜しくも優勝を逃した)三田さんと長いスランプに苦しむ坂本さんとの一騎打ち。
3回の「こつり」で減点を重ねたものの、9回目に早蕨(さわらび 11点)を出して何とか15点を出した坂本さん。
三田さんはどうしたことでしょう。「勝ち」を意識しすぎたか、扇子が全く蝶に当たらず、終わって見れば2点!で坂本さんに完敗。
去年9月以来、実に1年ぶりの坂本さんの優勝でした。
思い返せば、長らく王座に君臨していた坂本さんの投法に「長い手と柔らかい体にモノを言わせて扇子を蝶に近づけすぎる。扇子と蝶までの距離は誰でも等しくなければならない」というクレームの申し立てがあり、坂本さんが自主的にフォームを変えたのがきっかけで長いスランプに落ち込みましたが、諦めず精進を重ねた結果見事優勝。おめでとうございます。

今回特筆すべきは清水さんの「蓬生」40点。今年に入り仲下、坂本さん、佐藤さん(SATO・蓬生で45点)に次いで4度目の快挙です。
聞けば、白内障の手術後、ものがはっきり見えるようになり、的の蝶もよく見えたそうです。手術の成果を投扇興で実証できたのは嬉しいですね。

  
清水さん 蓬生 よもぎう 40点!      坂本さん 横笛(40点)にもう一歩、24点


坂本さん 若紫 16点

「江戸雑学」は仲下の「変貌するモスクワ」

これがロシア?のモスクワシティ、急速に広がるモバイルタクシーサービス、カラフルな車内、IT化の進む地下鉄、活躍する日本DYDOの自動販売機、ユニクロなど最新のモスクワ事情、一方で昔ながらのロシア、美しいロシアの自然を写真で紹介しました。

懇親会は久しぶりに女性のお二方が参加され、騒ぎ過ぎず、和やかな語らいと美味しい香港料理を楽しみました。
                           (文責:仲下)

2019年1月講「小石川七福神巡り」

集合時間:1月5日(土)午前10時
集合場所:地下鉄丸ノ内線「茗荷谷駅改札口」
コース:茗荷谷駅~深光寺(恵比寿)~蛙坂・切支丹坂・庚申坂~徳雲寺(弁財天)~播磨坂~
    極楽水(弁財天)~宗慶寺(寿老人)~真珠院(布袋尊)~百人坂・伝通院~福聚院
    (大黒天)~沢蔵司稲荷・善光寺坂~堀坂~源覚寺(毘沙門天)~東京ドーム(福禄寿)
    (約2時間~2時間半のコース)
参加費:会員1,000円、非会員1,500円
昼食&新年会:丸ノ内線「後楽園駅」ビル6階「北海道」。食事&飲み放題で3,300円

12月講「江戸の芸能と忘年会」

日 時:12月15日(土) 午後1時半~7時半
場 所:堀切菖蒲園静観亭
企 画:13:30~15:00 投扇興(自由参加、無料)
    15:00~16:30 講
            かっぽれ:鈴乃家梅奴(鈴乃家流かっぽれ家元、会員)
            江戸語り&紙芝居:寿々方(江戸がたり家元、会員)
            落語:花伝亭長太楼師匠(会員)
    17:00~19:30 忘年会
会 費:講2,000円+忘年会3,000円=5,000円
その他:原則、会員及びその家族優先。席に余裕がある場合、非会員の参加も可。
    非会員参加の場合+500円

11月講「ゴッホ事情今・浮世絵との出会い」

日 時:11月25日(日) 午後3時~5時
場 所:日本橋伊場仙ビル7階 会議室
講 師:吉屋 敬氏(オランダ在住画家・作家・ゴッホ研究家・フリーランスジャーナリスト)
    オランダ芸術家協会正会員。日本旅行作家協会評議員。
    1965年オランダに留学。1973年(故)ユリアナ女王戴冠25周年肖像画展で女王の肖像画を描く。
    以後オランダ、ベルギー、アメリカ、日本等で展覧会、講演会、イベント企画等で活躍中。
    作品のコレクション:ハーグ市立美術館、ライデン大学、佐倉市立美術館、鎌倉市(除、個人)
              アムステルダム日本人学校、ロッテルダム日本人学校、等々。
    著書:「楡の木の下で=オランダで想うこと」「母の秘蔵の絵」「みずうみの家」
       「ネーデルランド絵画を読む」「青空の憂鬱-ゴッホの全足跡を辿る旅」
        その他共著多数。
講演内容:一部 Up to dateなゴッホの今事情
     二部 浮世絵との出会いと影響
会 費:会員1,000円、非会員1,500円
懇親会:講終了後自由参加。中華料理「龍府」伊場仙ビルより徒歩3分
    食べ放題、飲み放題つき会費3,500円

報告

*ゴッホはどのようにしてゴッホになったか?
 ・アムステルダム国立美術館で「浮世絵とゴッホ」の展覧会が開催された。
 ・ゴッホが浮世絵と出会わなかったらゴッホにならなかった、ということを示している展覧会であった。
 ・吉屋さんは、この展覧会でゴッホについての講演を行った。
 ・アルルで耳を切った後の4枚の絵について:この落ち着いた筆使いは、浮世絵から学んだものである。
 ・パリ近郊の精神病院にいた頃の最晩年の絵は、その筆法は荒れたものであった。調子の良い時と悪い時では
  極端に違いがある。
 ・アントワープに行った時に浮世絵と出会い、何枚か買い求める。
 ・パリに行き印象派と出会い目覚める。
 ・その後、精神を病み、すべての人に拒否されていると感じるようになる。
 ・弟テオの援助でアルルに黄色の家を借りる。画家達の集う協同のアトリエにしようと考えていた。
 ・どうもゴッホは浮世絵が共同作業で出来ていると勘違いして、画家たちの共同制作を目指したようだ。
 ・テオの資金援助で、黄色の家に来た画家には月200フランを与え、その代わりに描いた絵の1枚をテオに
  渡すという条件を付けていたが、誰も来なかった。

*ゴッホとゴーギャン
 ・貧困で食べ物にも困窮していたゴーギャンだけが、この条件に惹かれてやってきた。
 ・しかし彼らは、この黄色の家の中で論争を繰り返していた。

*ゴッホの耳切り事件
 -ゴーギャンの証言―
 ・12月24日ゴッホは剃刀を持ってやって来て、自分に切りつけた。身の危険を感じて逃げ出し、その日は
  ホテルに泊まった。翌日かえって見ると、ゴッホは前夜耳たぶを切り落とし、それを娼婦に与えた。
 ・これはゴーギャンの証言のみで他に誰も証人はいない。
 ・2017年この事実は覆された。
 ・ゴッホの伝記作家が、ゴッホを診たメイ博士に手紙を書き、その返事が来た。
 ・ゴッホは耳たぶではなく、耳全体を切り落としていた。

*ゴッホ病気は何だったか?
 ・恐らく、境界線人格障害(B.P.D.)であったろうと思われる。
 ・気分のムラが激しい。正邪を極端に考える。妄想の中で棄てられることを恐れ、強い不安感を持つ。見捨て
  られたと感じて発症し自殺を図る。
 ・最晩年の「自画像」は安定している。
 ・渦巻の絵は渦巻く大気を表し、彼の狂気ではない。
 ・「狂気の人」の絵は一見、雑に見えるが、よく観察して描かれている。
 ・「ガッシュ博士」の絵のブルーと赤の色は、浮世絵から学んだものである。

*ゴッホの自殺
 ・ゴッホがアルルからパリへ戻って来た時に、テオが画商を辞めるという相談を家族で行っていた。テオは
  画商の方針に反して、当時まだ認められていない印象派の絵を1,000点ばかり売りまくっており、画商から
  クレームがついていた。テオの妻は、テオが画商を辞めることに強く反対していた。さらに彼女がゴッホの
  作品を居間に架けていなかったことでゴッホと論争になり、ゴッホは疎外感を抱き、また自分は見捨てられ
  ていると思った。ゴッホはオーベル・シュール・オワーズという田舎町の、唯一の小さなレストランの2階
  に住んでいたが、そこで左脇腹をピストルで打ち抜き、そして腹に弾を残したまま外出し、やがて部屋に
  戻り息を引き取った。1890年ゴッホ37歳。
 ・自殺者の葬式は教会では許されない為、黄色の家の1階のレストランで行われた。
  壁にゴッホの絵を掛け、葬儀の後、出席者に譲られた。ゴッホは近くの教会の共同墓地に埋葬された。

*テオの死
 ・テオは7月にゴッホの葬式を行い、9月にその遺作展を行い、翌年1月25日に梅毒の悪化によって死去した。
 ・1914年テオの妻ヨウが、ゴッホとテオの書簡集を発表、大変な評判となる。
 ・テオの墓をユトレヒトからゴッホの横へ並べて埋葬し直した。

*ゴッホと江戸
 ・ゴッホは1852年生まれ。これは安政元年。
 ・1867年大政奉還
 ・1868年明治維新:ゴッホ15歳
 ・1869年(明治2年):ゴッホ16歳、ハーグの画商で働き始める。
 ・1885年(明治18年):アントワープで浮世絵に出会う。
 ・1886年(明治19年):ゴッホ33歳、パリへ移住。本格的に浮世絵を収集。
 ・ゴッホがパリに滞在したころは、ジャポニスム全盛であった。
 ・1890年(明治23年):ゴッホ37歳、逝去。
 ・27歳から絵を描き始め、死ぬまでの10年間でその作品は2,000点に及ぶ

*ジャポニスム
 ・1867年パリ万国博覧会。日本政府、薩摩藩、鍋島藩が出展。
 ・1873年ウイーン万国博覧会。日本政府と民間が協力、「起立工商会社」を設立。日本美術を紹介する。
 ・サミエル・ビーム(ユダヤ系ドイツ人、フランスに帰化)なる人物が、日本の美術品を売りまくった。
  ゴッホは、此処に通い600点の浮世絵コレクションを作り上げた。
 ・林忠正なる人物がいた。パリ万博の通訳をしていたが、その後日本の美術品を扱う。
  クオリティの高いものを扱い、正しい日本文化を伝えようと努力していた。一方で彼は印象派の作品を
  集めていたが52歳で亡くなり、ビームの手で売り捌かれた。
 ・パリに留学していた黒田清輝に法律の勉強を辞めさせて絵画の道に行かせたのは林忠正である。
 ・「パリ・ルストレ」という日本美術の本に林が論文を載せているが、その本の表紙の美人画の挿絵を
  ゴッホが模写している。
 ・当時のアカデミズムの主流は宗教画や歴史が出会った。それに対して印象派は自然や身近なものを対象
  とした。アール・ヌーボ(新芸術)と称する。
 ・シャルルブラインド―補色の原理。色を混ぜないで、隣に置くことで網膜の中で混ざる、印象派が考え出し
  た。
 ・クレポン絵。紙を縦・横、皴にして圧縮すると色が濃くなり重厚さが出る。
 ・ゴッホはクレポン画を好み、その感じを油絵の筆使いで出そうとした。
 ・浮世絵にはヨーロッパの絵にはない色の配合が取り込まれており、ゴッホはその色を学び取ろうとして
  いた。
 ・マネは浮世絵には影がないことに衝撃を受けた。
 ・広重の「鯉幟と富士山」「水道橋」「亀戸の梅」などに見られる手前を大きく描く遠近法も彼らにとって
  は、目新しいものであった。
 ・浮世絵は彼らに、色・構図・遠近法・線などで多大な影響を与えた。

*ひまわり
 ・ゴッホはゴーギャンがアルルへ来る以前、ゴーギャンの影響を受けたくないと考えていた。
 ・5枚のひまわりを描いている。
 ・東京・ロンドン・アムステルダムにある。
 ・ゴッホはロンドンにあるひまわりを一番気に入っていた。他はそれの写しである。
 ・東京にあるひまわりの偽物説
  ゴタゴタしている、絵の上の部分に空間がある、サインがない、など。
  粗いジュートのキャンバス地に下塗りせず、厚塗りで描かれている。これはゴーギャンが好んだ手法で、
  ゴーギャンと一緒の時に描かれたと考えられる。また鑑定の結果、絵の上の部分は買い手が後でつぎ足した
  ものと判明。-これは本物である。アムステルダムの絵はその後から描かれたもの。

*その他
 ・ゴッホの絵には、麦・糸杉・コブヤナギが描かれる。
 ・北斎の絵に草だけや、根だけを描いたデッサンがあり、ゴッホも麦だけを描いた。
 ・植物の部分だけを描くという手法は、ヨーロッパのこれまでの絵画にはないものでありゴッホは浮世絵の
  影響を強く受けているといえる。



以上。  文責:白石 徹



2018年8月月例会の報告

8月31日、いつもの阿佐ヶ谷市民センター。
常連9名に加え、今回は茶道の指導の為に女性3名が特別参加されました。

初参加の女性には10点のハンディキャップが与えられスタート。
三田さんが一人気合が入り、初戦であわや浮舟か?!と思わせる荒業で仲下を難なく下し、決勝戦まで進出。
他の皆さんは、長引く酷暑のためか、中々調子が出ません。
その内、「俺、10点が出せないと恥ずかしいな~」とつぶやく常連の声が聞こえて来る。
そうか、10点のハンディキャップがプレッシャーになって思うように実力が出せないのでは?!
投扇興は心理戦、そこが面白いのです。
6年続けている常連が未だにその「コツ」が掴めず「運」に頼っているなかで、橋本さんの澪標(12点)、小川さんの須磨(7点)は立派でした。
高得点の技は三田さんの浮舟くずれ15点が最高で、澪標(12点)と早蕨(11点)。
今回は阿佐ヶ谷市民センター全館に歓声が響き渡る程の超美技は出ませんでした。
終わって見れば、セコセコと小技で得点を稼いだ仲下の優勝となりました。

  

投扇興で汗を流した後は、田中さん、橋本さん、小川さんにお茶を立てていただきました。
投扇興、江戸雑学にお茶のお点前を加えることで当会をもっと楽しく充実させる試みです。
「粋な江戸人」を自称する皆さんですが、ほとんど経験がなく、挨拶や所作が分からず、全員ガチガチ、オロオロ。 
いろいろ作法を尋ねられた田中さんが「細かいことはあまり気にせず感謝の気持ちをもって自然に振る舞えばよいのですよ」とアドバイス。その言葉に救われ一同安心し、先程いただいたお茶の味が口の中に広がり、更においしく感じられたから不思議です。
ご都合のよい時にまたご指導いただけるようお願いしました。

「江戸雑学」は三田さんの「忖度社会・手続き社会」

最近話題になることの多い「忖度」を「手続き」との対比で整理した上で、日本は鎌倉・室町、江戸時代を経て今日まで、深く高い文化的資質に支えられ、人と人との関係を「信」で結んだ「忖度社会」であったこと、そのことが社会費用の小さい社会を実現してきたと指摘。
一方、最近のグローバル化、デジタル化の下で、人と人との関係を「手続き」で結ぶ社会への移行が進もうとしており、この過程で怯懦な「忖度」が生まれていると問題提起されました。

懇親会では久しぶりに美味しい香港料理を肴に喧々諤々、呵々大笑。あっと言う間の2時間でした。

  

                                       文責:仲下