10月講「佐賀鍋島の伝統文化」

日 時:10月29日(土)午後2時~4時
場 所:東京ウイメンズプラザ第2会議室&オンライン(Zoom)配信
講 師:荻原延元氏(江戸連会員) 日本画家。川村学園女子大学名誉教授
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円
(会費は、来年3月末にまとめてお支払いください)

9月講「感染症の歴史と江戸時代の施策」

日 時:9月11日(日)午後2時~4時
場 所:東京ウイメンズプラザ第1会議室B室&オンライン(Zoom)配信
講 師:宮原一敏氏(江戸連会員)
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

9月講は、宮原一敏講師の「感染症の歴史と江戸時代の施策」で、参加者は現地17名、Zoom 23名でした。
感染症の定義から感染症の分類、歴史。感染症の歴史は人類の歴史、人類の移動とピロリ菌の拡散は同じ経路と見られるがピロリ菌のほうが先に存在していたのではないかとの説明。縄文人と弥生人のDNAの違いからY染色体ハプロタイプ解析の話。江戸時代の感染症、御役三病(疱瘡、はしか、水疱瘡)三日コロリと江戸幕府の対応についての説明。新型コロナウイルスと今後についてでは、今迄の感染症の歴史から「微生物と共生出来る生物だけが、自然に選ばれ進化できたのかも知れない」「新しい生活様式」の中で生きてゆくのだとの私見。講師の日本人のルーツに関する思いの強さを感じる講演でした。 また、通常の質疑応答とは趣が異なり、会員である水越さんよりの専門家としての講演資料の補完、補正の提言時間も今回の講演と共に有意義でした。

以上     文責:小嶋 光



8月講「西宝珠花河岸の釜屋商人」

日 時:8月6日(土)午後2時~4時
場 所:東京ウイメンズプラザ第1会議室B室&オンライン(Zoom)配信
講 師:井上晃氏(江戸連会員) 山口県岩国在住
会 費:会場参加 会員1,000円、非会員1,500円
    Zoom参加 会員500円、非会員1,000円

報告

8月講は、会員の井上晃講師の「西宝珠花河岸(にしほうしゅはなかし)の釜屋商人」で、参加者は現地18名、Zoom 22名でした。
井上氏のご先祖様は、釜屋商人の釜屋中島久七(釜久商店)であるとのこと。近江辻鋳物師が起源である近江日野商人の一派、釜屋商人たちは埼玉県の西宝珠花河岸に多く住んでいた。西宝珠花河岸は、江戸への舟運の輸送拠点である江戸川・利根川水系に位置し、行きは江戸へ年貢米や地方の特産物を送り、帰りは江戸からの品物を地方へ輸送する集散地となることで発展した。江戸連で訪れたことのある千葉県の関宿(せきやど)や木下(きおろし)も江戸川・利根川水系に位置する河岸である。釜屋商人は鋳物業から始まり、廻船業で発展し、利根川水系の産物を活かした醤油や酢などの醸造業をはじめ様々な業種で活躍し、現在も釜屋の屋号を持つ企業が各地にある。松尾芭蕉が釜屋商人と深い縁があり、近江が芭蕉の第二の故郷で、墓が近江にあることをはじめて知った。また、小名木川周辺に釜屋の遺物があることを知り、あらためて巡ってみたいと思った。

以上     文責:山本 秀美



報告

7月講は、荒井孝昌講師の「歴史を裏から見る<1.江島生島事件 2.徳川慶喜の幕末>」で、参加者は現地14名、Zoom 23名でした。
江島生島事件が何故起きたのかを裏から見ると絶大な権力が大奥にあり、生類憐みの令に対する閉塞感が歴史的背景にあった。門限に遅れたことによる処分は一旦出ていた。政治的背景(大奥への反発、側用人への不満、月光院と天英院との対立、次期将軍問題)により処罰が重くなり江島は被害者だったのではないかとの内容であった。
徳川慶喜は15代続く将軍の中でも優秀な人物であったため先々の事が良く見え、周りの人が彼を理解できなかった。そのため言う事がクルクル変わる「二心殿」と呼ばれた。幕末は何時からかと言えばペリー来航(嘉永6年)からと考えられる。万延元年の咸臨丸がアメリカに行った事が幕府最後の華やかな行事であり、桜田門外の変により幕府の中心となる人物がいなくなった。そこから慶喜の幕末が始まった。
徳川綱吉の生類憐みの令と共に綱吉の評価が現在の教科書等によれば、私が学んだ事や認識と異なっている事に歴史認識の難しさを感じました。講師の詳細な説明は分かり易く歴史を裏から見るのは面白いと思った講演でした。

以上     文責:小嶋 光



報告

6月講は、河内聡子講師の「「病」の想像力-江戸時代の医書をめぐる文化史」で、参加者は現地15名、Zoom 18名でした。東北大学附属図書館(狩野文庫)の蔵書である『奇疾便覧(きしつべんらん)』(五巻)の解読・分析・研究を通して、江戸時代の人々が“病”についてどのようなイメージを持っていたか、大変興味深いお話を伺うことができた。『奇疾便覧』とは、摂津(大阪)の医者である下津寿泉(しもつじゅせん)が、132点もの中国の文献(漢籍)から「奇疾」の例172種を摘録・編集し、「国字」に書き改めてその症例と処方を説いた書物である。「怪」の症状(身体の不調や病)を語らないことは、医業に携わる者としては、その道の欠陥に当たるという考えに基づき、医学のために役立ててほしいという願いを込めて編纂され、実際に「医書」として受容され、使用されたとのこと。後には『怪妖故事談』と改題して再版され、一種の「読物」として楽しく読まれたことに驚いた。江戸時代の人々が病を恐れるだけではなく、ときにはユーモアもまじえて病に立ち向かっていたことをあらためて知るよい機会となった。

以上     文責:山本 秀美